言葉の力|水木しげる「怠け者になりなさい」——休日まで、よくできた人でいなくてもいい

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「怠け者になりなさい」

水木しげる「幸福の七か条」より

休日の朝、今日はゆっくりしようと思ったはずなのに、洗濯機を回しながら掃除を始め、ついでに買い物の予定まで立てている。

座った瞬間には、「何か忘れていないかな」と頭の中で点検が始まる。

休む予定だったのに、休日の自分にも、なかなか仕事熱心な上司がついています。

そんなとき、少し意外な言葉を思い出したくなります。

「怠け者になりなさい」。

ここからは、その一言を日常に重ねた私自身の受け止め方です。

休む時間にまで、成果を求めていないか

せっかくの休日だから、充実させたい。

その気持ちはあるけれど、「充実した休日」の条件を増やすほど、休みの日にも宿題ができます。

本を一冊読む。運動する。部屋を片づける。来週の準備も済ませる。

どれも悪いことではありません。ただ、全部できなかったからといって、休日まで赤点にしなくてもいいのではないでしょうか。

何もしなかった時間を、すぐに「無駄だった」と呼ばないでおきたいのです。

何もしない自分を、監督しない

お茶を飲みながら、窓の外を見る。

好きな音楽を流して、ぼんやりする。

その時間にまで、「このあと何をする?」「これでいいの?」と自分を監督していたら、気持ちはなかなか座れません。

休むことを、次にもっと頑張るための準備として説明しなくてもいい。

今日は少し疲れているから。今は静かに過ごしたいから。

それだけで、予定を一つ減らす理由にしてよいのだと思います。

今日の「やらない」を一つ決める

もちろん、必要な用事が全部なくなるわけではありません。

だからこそ、何もかも投げ出すのではなく、今日は後回しにできることを一つ選ぶ。

急がない片づけ。義務のように開いていた情報。気乗りしない予定。

その一つを手放して、空いた時間をすぐ別の用事で埋めない。

「怠け者になりなさい」を、私ならそんなふうに受け取りたいと思います。

今日くらい、よく働く自分にも椅子をすすめてみる。

「まあ、ちょっと座りなよ」と。

休日まで、よくできた人でいなくてもいいのです。

引用の確認元:J-CASTニュース:水木しげる「幸福の七か条」

今、どんな気分?

ちょっと疲れている——同じ気持ちに寄り添う言葉を読む

言葉の力|相田みつを『しあわせは いつも自分のこころがきめる』

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「しあわせは いつも自分のこころがきめる」

相田みつを。引用表記:光華学園の紹介記事。

一日が終わるころ、できなかったことばかり思い出す日があります。

返せなかった連絡。
進まなかった片づけ。
思うようにいかなかった仕事。

朝には、もう少しいろいろできるつもりだったのに。

そんなふうに一日を振り返ると、何も残らなかったような気持ちになることがあります。

相田みつをさんのこの言葉は、私には、今日を見る角度を少し変えるきっかけになります。

「幸せに思わなければ」と、自分を追い込まない

「しあわせは自分のこころがきめる」

この言葉を、つらいことまで気の持ちようで片づけるためには使いたくありません。

悲しい日は、悲しい。
疲れているときは、疲れている。

苦しい気持ちを無理に明るい言葉へ変えなくてもいいと思います。

ここから先は、私なりの受け止め方です。

この言葉は、「幸せを感じられない自分が悪い」と責めるものではなく、自分が何を心地よいと感じるのかを、他人任せにしないための言葉として持っておきたい。

誰かにとって充実した一日が、自分にとっても同じとは限りません。

たくさんの予定をこなすより、静かに食事ができたことにほっとする日もある。

遠くへ出かけるより、家でゆっくり過ごせたことがうれしい日もある。

自分にとってのよさは、自分の暮らしの中で確かめていいのだと思います。

今日の中に、少し楽だった時間はあったか

大きな幸せを探そうとすると、何も思いつかないことがあります。

そんなとき、私は問いを小さくしてみたいと思います。

「今日は、少しほっとした時間があっただろうか」

温かい飲み物を飲んだとき。
用事が一つ終わったとき。
誰かと短い言葉を交わしたとき。

その時間があったからといって、一日の大変さが消えるわけではありません。

それでも、嫌なことだけで今日のすべてを塗りつぶさずに済むかもしれません。

うまくいかなかったことがあった。
でも、少し楽だった時間もあった。

両方が本当でいいのだと思います。

何も見つからない日は、休むことから

もちろん、ほっとした時間さえ思い出せない日もあるでしょう。

そんな日にまで、よかったことを無理に数えなくてもいい。

「今日はしんどかった」

そう認めて、一日を終えることも、自分を大切にする選び方だと思います。

今夜できることがあるなら、明日の自分を少し楽にすることを一つだけ。

急がない用事は明日に回す。
気になっていたことを紙に書いて、いったん手放す。
今日はここまで、と区切りをつける。

幸せという言葉が遠く感じられるなら、まずは「少し楽」を選ぶだけでもいい。

今日が理想どおりではなかったとしても、その一日を過ごした自分まで否定しない。

誰かの基準で立派な一日ではなくても、自分がほっとできる時間を、暮らしの中に残していきたいものです。

言葉の力|やなせたかし――元気じゃない日も、生きている。

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「生きているからかなしいんだ」

やなせたかし作詞『手のひらを太陽に』より(歌詞掲載:歌ネット)

「今日も笑顔で」「前向きに頑張ろう」

そんな言葉に励まされる日があります。一方で、ちょっとまぶしすぎる日もあります。

悪気がないのはわかっている。でも、今の自分にはその元気がない。明るい言葉に触れるほど、明るくなれない自分が取り残されたように感じる。

そんな日に、違う角度から届いてくるのが、今日の言葉です。

明るい歌に、悲しいという言葉がある

『手のひらを太陽に』は、やなせたかしさんが作詞し、いずみたくさんが作曲した歌。NHK「みんなのうた」では、1962年に初めて放送されました。

元気な歌という印象があるのに、歌詞には「かなしいんだ」とあります。

生きているから、楽しい。生きているから、うれしい。それだけではないところに、この言葉の深さを感じます。

PHPの紹介記事では、やなせさんが、つらさや痛さも生きている証であり、喜びより先に悲しみを置いた理由を語っています。

悲しさを、間違った感情として扱っていない。私はそこに、静かな優しさを感じます。

感情まで、きちんとしなくていい

仕事で失敗した。大切な人とうまく話せなかった。楽しみにしていた予定がなくなった。

そんなとき、出来事そのものに加えて、もう一つ自分を責めてしまうことがあります。

「いつまでも気にしている自分は弱い」「もっと前向きにならないと」

悲しいだけでもしんどいのに、悲しんでいる自分にまで注意をしてしまう。心の中に、ずいぶん厳しい上司を置いているものです。

でも、今日の言葉に照らして考えると、少し違う見方ができます。

大切だったから、悲しい。期待していたから、がっかりした。うまくやりたかったから、悔しい。

その感情の奥には、自分が何を大事にしていたのかが隠れているのかもしれません。

言葉は、急かさずに寄り添うこともできる

もちろん、悲しみに必ず意味を見つけなければならないわけではありません。つらい出来事を無理に「いい経験だった」とまとめる必要もないでしょう。

今日の言葉を、私は「悲しみに耐えなさい」という意味ではなく、悲しいままの自分を否定しなくていい、という言葉として受け取りたいと思います。

言葉の力は、人を奮い立たせることだけではありません。止まっている人の隣に座って、「今すぐ元気にならなくてもいい」と伝える力もある。

今日は笑えなかった。それでも、温かいものを飲んで、少し休んで、一日を終えていい。

笑顔ではない一日も、あなたが生きた一日です。