言葉の力|タモリ『やる気のある者は去れ。』——頑張りすぎて、見えなくなるもの

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「やる気のある者は去れ。」

タモリ。引用出典:『脱力名言。』の内容を紹介したダイヤモンド・オンラインの記事。

「もっと頑張らなければ」

そう思うとき、頭の中には、たいてい一つの目標があります。

成果を出したい。
認めてもらいたい。
期待に応えたい。

そのために準備を重ねて、気を張って、失敗しないように先回りする。

ところが、一生懸命になるほど、周りの声が聞こえなくなることがあります。

そんなときに読むと、少し驚くのが、タモリさんの「やる気のある者は去れ。」という言葉です。

やる気があるのに、なぜ「去れ」なのか

ダイヤモンド・オンラインの記事では、この言葉に関連して、タモリさんが、やる気のある人は「中心しか見ていない」と語ったことを紹介しています。お笑いでは周辺から面白いものが始まるのに、そこを見落としてしまう、という指摘です。

ここから先は、私なりの受け止め方です。

この言葉は、努力する人を否定するためではなく、力が入りすぎたときの視野の狭さを問いかけているように感じます。

「こうしなければ」と決めた瞬間に、それ以外のものが見えなくなる。

予定どおりに話そうとして、相手の表情を見落とす。
自分の考えを伝えようとして、相手の言葉を最後まで聞けなくなる。
役に立とうとして、頼まれていないことまで引き受ける。

どれも、悪気があるわけではありません。

むしろ、よくしたいと思っている。

それでも、その熱心さが、目の前の人や状況から少し離れてしまうことはあるのでしょう。

力を抜くことは、雑にすることではない

「力を抜く」と聞くと、手を抜くことのように感じるかもしれません。

でも、私は、その二つを分けて考えたいと思います。

手を抜くのは、必要なことを省いてしまうこと。

力を抜くのは、必要以上に自分を固くしないこと。

準備はする。
約束は守る。
わからないことは確かめる。

そのうえで、「絶対にうまくやらなければ」という気持ちを少し緩める。

すると、予定にはなかった話を聞く余地や、間違いを認めてやり直す余地が残ります。

立派に見せようとしなくても、相手の話をきちんと聞ける。

完璧に答えられなくても、「それは知らなかった」と言える。

そういう余白も、人と向き合うときには大切にしたいものです。

自分の頑張りより、目の前にあるものを見る

何かがうまくいかないと、私は、頑張る量を増やすことばかり考えてしまいそうです。

もっと準備する。
もっと説明する。
もっと自分が動く。

でも、その前に、一度見直せることもあります。

相手は、今どんな反応をしているのか。
本当に求められているのは何なのか。
自分だけで話を進めていないか。

頑張りを増やすのではなく、見ている範囲を広げる。

この言葉の面白さは、「やる気」というよいものに見える言葉を、いったん疑わせてくれるところにあると思います。

今日、人とのやり取りで少し力が入っているなら、すぐに答えを出さず、相手の言葉をもう一つ聞いてみる。

何かを証明しようとする前に、目の前で起きていることを見る。

自分の頑張りでいっぱいだった場所に、誰かが入れる余白を残す。

力を抜いたからこそ、受け取れるものもあるのかもしれません。

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