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「しあわせは いつも自分のこころがきめる」
相田みつを。引用表記:光華学園の紹介記事。
一日が終わるころ、できなかったことばかり思い出す日があります。
返せなかった連絡。
進まなかった片づけ。
思うようにいかなかった仕事。
朝には、もう少しいろいろできるつもりだったのに。
そんなふうに一日を振り返ると、何も残らなかったような気持ちになることがあります。
相田みつをさんのこの言葉は、私には、今日を見る角度を少し変えるきっかけになります。
「幸せに思わなければ」と、自分を追い込まない
「しあわせは自分のこころがきめる」
この言葉を、つらいことまで気の持ちようで片づけるためには使いたくありません。
悲しい日は、悲しい。
疲れているときは、疲れている。
苦しい気持ちを無理に明るい言葉へ変えなくてもいいと思います。
ここから先は、私なりの受け止め方です。
この言葉は、「幸せを感じられない自分が悪い」と責めるものではなく、自分が何を心地よいと感じるのかを、他人任せにしないための言葉として持っておきたい。
誰かにとって充実した一日が、自分にとっても同じとは限りません。
たくさんの予定をこなすより、静かに食事ができたことにほっとする日もある。
遠くへ出かけるより、家でゆっくり過ごせたことがうれしい日もある。
自分にとってのよさは、自分の暮らしの中で確かめていいのだと思います。
今日の中に、少し楽だった時間はあったか
大きな幸せを探そうとすると、何も思いつかないことがあります。
そんなとき、私は問いを小さくしてみたいと思います。
「今日は、少しほっとした時間があっただろうか」
温かい飲み物を飲んだとき。
用事が一つ終わったとき。
誰かと短い言葉を交わしたとき。
その時間があったからといって、一日の大変さが消えるわけではありません。
それでも、嫌なことだけで今日のすべてを塗りつぶさずに済むかもしれません。
うまくいかなかったことがあった。
でも、少し楽だった時間もあった。
両方が本当でいいのだと思います。
何も見つからない日は、休むことから
もちろん、ほっとした時間さえ思い出せない日もあるでしょう。
そんな日にまで、よかったことを無理に数えなくてもいい。
「今日はしんどかった」
そう認めて、一日を終えることも、自分を大切にする選び方だと思います。
今夜できることがあるなら、明日の自分を少し楽にすることを一つだけ。
急がない用事は明日に回す。
気になっていたことを紙に書いて、いったん手放す。
今日はここまで、と区切りをつける。
幸せという言葉が遠く感じられるなら、まずは「少し楽」を選ぶだけでもいい。
今日が理想どおりではなかったとしても、その一日を過ごした自分まで否定しない。
誰かの基準で立派な一日ではなくても、自分がほっとできる時間を、暮らしの中に残していきたいものです。


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