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「イツモシヅカニワラッテヰル」
宮沢賢治「〔雨ニモマケズ〕」より
朝から少し、言い方が強くなってしまった。
急いでいたし、考えることも多かった。理由はあるけれど、あとになって、自分の声だけが頭の中で再生されます。
もっと普通に言えたな。
そう思うと、一日の最初につまずいたような気持ちになることがあります。
そんなとき、この静かな一節を思い出します。
笑顔を、もう一つの義務にしない
「イツモシヅカニワラッテヰル」。
詩には、賢治が「サウイフモノニ/ワタシハナリタイ」と記す願いもあります。
ここからは、私自身の受け止め方です。
この言葉を、「どんなときも笑顔でいなければならない」と自分に言い聞かせるためには使いたくありません。
疲れているときも、困っているときもあります。笑えない日まで、笑顔の出来栄えを採点したら、少し苦しい。
むしろ、余裕をなくした自分が、戻ってきたい姿として持っておく。
それくらいの距離で、この言葉に触れていたいと思います。
一度きつく言ったら、その日が終わるわけではない
朝の言葉を取り消すことはできなくても、そのあとに別の言葉を足すことはできます。
「さっきは、言い方がきつかったね」
「急いでいて、ごめん」
「もう一度、聞かせて」
大げさな反省会にしなくても、短い一言で向き直ることはできます。
相手がすぐに笑ってくれるとは限りません。それでも、自分の態度を整え直すことには意味があると思うのです。
機嫌のよさより、扱い方のやさしさ
いつも明るく、話が面白く、誰にでも気が利く。
そんな人になれたら素敵ですが、毎日その全部を用意するのは大変です。
今日は、返事を少し丁寧にする。相手が話し終えるまで待つ。疲れているなら、無理に会話を続けず、そのことを伝える。
笑顔そのものではなく、相手と自分を雑に扱わないことから始めてもいいのでしょう。
今日はずっと穏やかではなかった。
それでも、次の一言は選べる。
この詩の一節を、失敗しないための規則ではなく、やわらかく戻ってくるための目印にしたいと思います。
引用・詩の出典:青空文庫:宮澤賢治「〔雨ニモマケズ〕」

