「自分には自分に与えられた道がある。」
松下幸之助『道をひらく』より。引用出典:PHP研究所の書籍紹介
誰かの近況を見て、急に自分の歩みが遅く感じられることがあります。
新しい仕事を始めた人。勉強を続けて資格を取った人。ずっと抱えていた目標を、形にした人。
「よかったね」と思う気持ちは本当です。それでも、そのあとに小さな焦りが残る。
私は何をしているのだろう。
このままでいいのだろう。
そんな日に、松下幸之助さんのこの言葉を読み返したくなります。
人の道を見て、自分の道をなくさない
『道をひらく』の冒頭では、自分に与えられた道について、広いときも狭いときも、上りも下りもあると語られています。また、他人の道に心を奪われて立ちすくむのではなく、自分の道を歩むことへと話がつながります(PHP研究所の書籍紹介)。
ここから先は、私なりの受け止め方です。
人と比べて苦しくなるとき、私たちは相手の「見えている結果」と、自分の「まだ途中の姿」を並べているのかもしれません。
相手がそこへたどり着くまでの迷いや、表に出していない苦労は、こちらからは見えません。
一方で、自分の足りないところはよく見える。
その比べ方では、自分の道ばかりが頼りなく感じられてしまいます。
誰かの歩みを参考にすることと、自分の歩みを否定することは、同じではありません。
「あの人の方法は、少し取り入れてみたい」
そう思えたなら、学べるところだけを受け取る。それ以外まで、同じにしなくてもいいのだと思います。
自分らしさは、小さな選び方にも表れる
「自分の道」と言われても、特別な才能や大きな夢が必要な気がするかもしれません。
でも、私はもっと身近なところにも、自分の道はあると感じます。
予定を詰め込みすぎない。
わからないことを、わからないままにしない。
誰かの頼みを引き受ける前に、自分の余裕を確かめる。
そうした選び方にも、自分が大切にしたいものは表れます。
目立つ成果にならなくても、今の暮らしに合う方法を探すことには意味がある。
人と同じ速さで進むことより、続けられる歩き方を見つけることが必要な時期もあるでしょう。
歩き方を変えてもいい
この言葉を、「今いる場所で我慢し続けなければならない」という意味にはしたくありません。
私なりには、自分の道を大切にすることと、今の方法に固執することは別だと受け止めています。
疲れたら休む。
一人では難しければ、誰かに相談する。
合わないと感じたら、やり方を見直す。
それも、自分の暮らしを自分で選び直すことです。
今日は、誰かに追いつくためではなく、自分が少し納得できることを一つ選ぶ。
後回しにしていた用事を片づけてもいい。
反対に、無理に入れた予定を一つ減らしてもいい。
人の道がまぶしく見える日にも、自分の足元まで暗いと決めなくていい。
今立っている場所から、自分に合う歩き方を考えていきたいものです。

